硯に向かいて

ただの垂れ流し 今はこちら https://inkstone2525.hatenablog.com/

雨模様

 

 

若干キャパオーバー感。

寝不足なのかどうか、頭が全然回らない。しかし、もともとこんなものだったのかもしれない。とりあえず今日はいつもより早く布団に入ってみよう。

 

 

さて。

 

晩御飯は、豆苗の鰹節あえポン酢風味。ポン酢がないからお酢ほんだしと醤油と砂糖で。あと、卵焼きしようと思ったら油が足りなかったからうまく巻けなくてスクランブルエッグになった。メインは鶏ももと玉ねぎ炒め。油は鶏皮で。出すぎていくらか捨てた。

 

 

経済的書きものはまた大学受験のテーマだったから論文の過去問を解いていた。

面白い問題だったけど、理解できていない分野だったから難しかった。覚えてはいるのだけど、使えない。

 

 

キャパオーバーなのは、処理していないタスクがたくさんあるからだと思われる。

仕事では宴会系が来月の初めにあって、出席のメールを返せていないし、個人的な飲みのお誘いも今日メールで何か食べたいものありますかって言われてどう返そうか迷っているし、こういう雑多で些細なものだとしても、頭の一部を専有する。土日に繋ぎの仕事入れたのは多少の解消になったかも。

 

何が食べたいかって聞かれても、あまり食べたいものがない。

これは食欲がないとか好きなものがないっていうことではなくて、だいたいのものが美味しく食べられるということ。十代までは1つのメニューにハマったら外食のときはそればかり食べていたのだけど。ざるうどんとかカツ丼とか。でもこれはそれが好きだったっていうより、選ばなくても良いように省エネ稼働していたというだけかもしれない。

 

選ぶのは昔から苦手。

優柔不断だって評されていたけど、多分そういうことではない。優柔不断はおそらく何かを選んだあとの選ばなかった選択肢の方が気になるということだと思う。つまり、選択に頓着しているということ。

 

僕の場合は、おそらく何を選んでも一緒だと思っている節がある。他人事のような表現だけど、こういう言葉でしか表せない。メリット・デメリットに頓着するのは、自分を守るっていう基準があってこそのもの。これを僕のことを大切に思っている人から見た僕を自分とするってことにすればある程度は普通になるのだけど。

 

最後。

 

タスクが増えるというのは結局、意識の場所をどんどん自分以外のものに占領されていくこと。外皮としては何も変わらないから外からの問題はない。最近外皮だけで生きていくということについて考えたりする。過度のアルコールは自傷行為に等しいけど、ある意味そうやって中身を守っているということでもあるのかも。誰にも関わらず飲みながら文章書いて寝ればそれで良い。関わると特に何もなくても関わったこと自体に自己嫌悪みたいなことになる。ややこしや。

 

臨床心理学の本を読んでいるのだけど、意識には階層があるらしい。通常営業の意識と、なにか有事があったときに勝手にやってくるものと、無意識と。ユングがいう集合的無意識とかそんなやつ。そうして、この三階層のバランスが崩れると精神に障害が起こるとか。これにあてはめると、自分がこれらのバランスが取れているときっていつか分からないなと。

 

全体的に暗い。

昨日の反動か、疲れているだけか。

すこしはすっきりしたけど。

 

 おしまい。